LAS Production Presents
Soryu Asuka Langley
in
starring Shinji Ikari
and Misato Katsuragi as Beauty Woman
Written by JUN
Act.1 MISATO
- Chapter 2 -
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「うわぁっ!」
アスカが歓喜の叫びをあげた。
こんな田舎町に(といってもここは市で、10万人が住んでいるのだが)、ここまで水着が揃っているとは予想していなかったからだ。
その様子を見て、ミサトは腕組みをしてニヤニヤ笑っていたのだが、純情少年のシンジは目のやりどころに困ってしまった。
スーパーやデパートの水着売場的なものを想像していた彼だったが、
ブティック形式……つまり少し離れて待っていることができないとは困り果ててしまった。
その彼の表情を読んだアスカが、強引に店の中に引っ張り込んだのである。
勘弁してほしいと半分眼を潤ませながら懇願するシンジにアスカは断言した。
「アンタが私に襲いかかって(実は倒れかかって)、
私のビキニのTOPを無理矢理引きちぎって(実は指に引っかかった事故)、
誰も見たことがない私の胸を見たんでしょうが!(実は見ていない)
その責任はしっかり取ってもらうわよっ!」
シンジはできるだけ隅の方に身体を寄せ、
できることなら自分の姿が誰にも見えなかったらいいのにと思っていた。
とは言うものの、今は店内には顔見知りだけ。
最初は他にも女性がいたので、今の状況はシンジにとっては幸いである。
色とりどり、形もいろいろで、あんな刺激的な水着まで…。
ちらちらと店内を見ているシンジの視線を確認して、アスカはニタァと笑った。
それは狩人の顔だった。
いや、ネズミを目の前にした猫のようだと表現した方が正しいかもしれない。
アスカたちが通うネルフ女学院は、中高大学一貫教育なのであった。
従って、男性と近距離で接したのはもう5年以上前の小学校時代となる。
何しろ小学校で“暴れん坊将軍”と教師から異名と取っていたアスカだ。
将来を考えた両親が嫌がるアスカを無理矢理ネルフ女学院に放り込んだのだが、
さすがに女子相手に無茶はできないと思ったのか、それとも悪戯は卒業したのか、
めっきりおとなしくなっていったアスカではあったのだが…。
今、格好の獲物を見つけることができたようだ。
SとかMとかそんな大人の世界のことではない。
単純にあの懐かしい小学校の日々のガキ大将の血が騒いだわけだ。
しかも相手は男だから、遠慮呵責の必要はない。
もちろんその必要はあるのだが、アスカの頭には久しぶりに子分ができそうだという喜びしかなかった。
碇シンジ。
まな板の上の鯉か、それとも罠にかかったネズミか。
シンジ本人はそんな状況に陥っているとは全く気付いていなかった。
「ちょっと、アンタ!」
「え、え?僕?」
「そうよ、アンタよ、アンタ」
「何?」
「こっち来なさいよ」
「え、っと…ここじゃダメ?」
「ダメ。ここに来て、アンタも選びなさいよ。その約束でしょ」
「え?そんな約束したっけ…」
アスカは一瞬考えた。
してない…。
弁償して荷物を持つってだけで、選ぶ手伝いは話になかった。
しかし、その程度のことでこんなに子分としてぴったりの人材を手放す気はない。
「あ、そう。金さえ出せばいいって思ってるんだ」
アスカは低い声で話した。
この低音で話すときの区別は非常に難しい。
意識して相手を威嚇している時と、自然にそうなってる時と。
本人自身が時々わからなくなるくらいなのだから。
今回は明らかに意図したものだったが、
もちろん、会ったばかりのシンジにその違いがわかるわけがない。
彼にとっては泣かれる方がまだ対応しやすいと思っていた。
今のように女の子に凄まれた経験がなかった。
男子に凄まれたことは多々覚えがあるのだが。
ただ、間違いのないように明記しておくが、
生来のほほんとした性格なので、多少女子にきつめに言われても気にしていない部分が多い。
但し、今回は違った。
こんなに露骨に凄んでくる女子は会ったのは生まれて初めてだった。
しかも、顔つきは怒っているのに、目が笑っている……。
楽しくて仕方がない。そんな感じの目だ。
シンジは心底怖いと思った。
幽霊とかにはまったく怖さを感じないのだが、この表情には逆らってはいけないという本能がシンジを支配した。
そして…。
「うん、わかったよ」
その返事を聞いて、アスカは心の中でニタァ〜と笑み崩れた。
子分!子分!私の子分〜!
あの輝かしい小学校時代の日々が、アスカの脳裏に去来していた。
今日は野球をするわよ!さっさと場所おさえてきなさいよっ!
今日はこのマンションで鬼ごっこよ!はん!管理人に捕まるヤツが悪いのよ!
今日は市民プールに行くわよ!誰か保護者を見つけてきなさいよ!
今日は人生ゲームをするわよ!うちを使わせてあげるから、みんなついて来なさいよ!
女の子を相手に威張るのは、アスカの美学に反していたのだ。
ただこの年になると、男子を相手に威張って見せる訳にはそうそういかない。
まるで自分を女王様か何かのように思っていると、周りに誤解されてしまうからだ。
別にアスカは自分に傅く奴隷が欲しいわけではない。
単に遊び相手が欲しいだけなんだ。
ところが高校生にもなると、男子とは遊び相手にはならない。
恋愛対象となってしまうのだ。それは困る。
惣流・アスカ・ラングレー。
16歳と7ヶ月と18日。
口では大きいことを言っているが、実は初恋の味をまだ知らなかった。
ネンネの子供ではなく、
ガキ大将がそのまま美少女と化してしまったのであった。
この進化については、ネルフ女学院に放り込んだ逆効果といえるだろう。
女子高特有の同性愛にも進まず、異性への愛も芽生えず、
ただの美しいガキ大将。
だから友人も子供っぽい霧島マナと、母親っぽい洞木ヒカリという組み合わせになるのだ。
暴走しがちの二人を抑えるヒカリ。
そういう図式のトリオが何故この夏、この海岸に遊びに来たか。
目的は二つ。
ひとつは夏の海でカッコいい男とめぐりあいたい!という欲求。
もうひとつは、ガキ大将のアスカに年頃の女性になってもらおうという二人の友情であった。
もっとも、この友情には裏がある。
アスカが異性に目覚めてくれないことには、
つるんでいる二人にも異性との楽しい時間はいつまで経っても訪れはしないからだ。
中学の時ならともかく、花の17歳にもなるとこれは由々しき問題となってきた。
開放感溢れる夏の海で、乙女の意識の覚醒。
それを狙ったはずなのに、アスカはよりガキ大将に戻って行ってしまった。
碇シンジという絶好の子分を手に入れて。
「どれがいい?」
「え、えっと…わかんないよ」
「何よそれ。私に似合うのはどれかって訊いてるんじゃない?」
「だって、僕、女の子の服とか選んだことないし」
「彼女のも?」
「そんなのいないよっ!」
何故この時、大声を上げてしまったのか、シンジはわからなかった。
何故この時、満足げに頷いてしまったのか、アスカは考えもしなかった。
そして、その二人を見て大声で笑いたいのを必死で押さえているミサトだった。
「そうぞうしいわね」
カウンターの奥から出てきた女性がミサトに語りかけた。
「あら、リツコ。帰ってたの?」
「そう、夏休み。今年は早めに貰ったの」
「で、店番?似合わないわよ」
「自分でも似合ってるなんて思ってないわ」
「そうねぇ、やっぱリツコには白衣の方がいいわね」
「ふう…早く帰ってこないかしら。母さん」
「たまにはゆっくりさせてあげなさいよ」
「売り上げ落ちるんだけど。私が店番すると」
「仕方ないじゃない。愛想笑いのひとつもできない店員なんだからぁ」
「可笑しくもないのに笑えないわ」
「きゃははは」
「いいわね、アナタは」
「だって、可笑しいもん。リツコ、大好きよ」
「いいわ、別にアナタに好かれなくても。アナタには加持君がいるでしょ」
「あはは!もうすぐ、葛城ともお別れよねぇ。でもさぁ、加持ミサトって何か軽いと思わない?」
実はミサトは結婚間近だった。
大学時代からの腐れ縁の加持リョウジと秋にはゴールインの予定だ。
今は中東に取材に行っているフリーライターの加持とのことは、学生時代からの友人であるリツコは良く知っている。
ついたり離れたりの繰り返しの二人にはあきれ果てていたが、とにかくこれで決着はつく。
「アナタ自体が軽いんだからいいんじゃないの?」
「あらら!こりゃあ参りました。さすがはリツコ」
「アナタに褒められても」
「あ、そうそう。アスカ」
ミサトは振り返った。
例のビキニのTOPの千切れた紐をリツコの母に直してもらおうと考えたのだが…。
背後ではアスカとシンジの漫才が延々と続いていたのだ。
「嘘ぉ!信じらんない!デートしたこともないのぉ?はははははっ!」
「そんなに笑わないでよ。君とは違うんだから」
どう考えてもモテモテ美少女にしか見えないアスカに、シンジは口を尖らせた。
「あら、私もしたことないわよ、デート」
「え?」
「だって女子高だもん」
答えにはなっていない。
ただし、アスカの頭の中ではそれが立派な回答なのだ。
シンジの単純な頭では理解不能である。
どうして女子高生はデートしたことがなくて当然なのだろうか?
どう考えても世間の女子高生はデートなどバリバリ、それ以上のことも…。
そんなところまで考えてしまい、シンジは真っ赤になってしまった。
何故真っ赤になったのか?
詳しくはわからないが、アスカはシンジがスケベなことを考えたのだと結論を出した。
「アンタ馬鹿ぁ?ま、いいわ。早く選びなさいよ」
「じゃ…」
適当な返事をしようとしたシンジに、アスカは冷たく言った。
「適当に選んだら、ぶっ殺すわよ」
「そ、そんな乱暴な」
「乱暴なのはアンタでしょ。似合うかどうかも考えずに選ぼうとするなんて最低」
「うっ…」
正直者は口篭もってしまった。
「でも、許してあげようか?」
「え!本当?」
「ちゃんと私に似合うの選んだら、許してあげる」
「うん、わかった!」
完全にアスカのペースである。
ガキ大将に勝てるはずはない。
シンジは全く自覚しないままに、進んでアスカに似合う水着を選び始めたのだ。
ニヤリと笑いながらその後姿を見守るアスカ。
その横に歩み寄ったミサトは、アスカから例の水着を受け取ると再びリツコの元に。
「まったく、おっかしいわねぇ、あの子たち」
「どこが?」
「はははは!」
ミサトはリツコの背中を叩いた。
わけのわからない顔でミサトを睨みつけたリツコである。
「どう?いいの選んでくれた?」
「う、うん…」
少し俯いているシンジに、アスカは怪訝な顔をした。
あんなに張り切って見繕っていたのに…。
その時、アスカには理由がわかった。
そっか、そういうことか。アンタ、けっこういいヤツだね。
そうは思ったものの、アスカはシンジにはつっけんどんな言葉しか掛けなかった。
「早く言いなさいよ、どれなのよ!」
「あ、うん…二つあるんだけど…」
「どれとどれ?早く!」
「うん…」
アスカの語気に押されて、シンジは指差した。
彼が選んだのは、赤と白のチェック柄。その赤は淡い色合いで、形は普通のビキニ。
そしてもう一つは、濃い黄色の肩紐のないタイプのビキニだった。
へぇ…、結構いい趣味してんじゃない。
「ふ〜ん…」
アスカは2枚の水着をしげしげと眺めた。
そして、手にとって見る。
その瞬間、シンジが俯いた。
「ダメよ、シンちゃん。ちゃんと前見て」
「は、はい」
さっきまでとは別人のような凛としたミサトの口調に、シンジはアスカを見た。
アスカは値札を調べている。
ああ…、僕は馬鹿だ。どうして、あんな高いのを…。
アスカはゆっくりと振り向いた。
「馬鹿シンジ、高いわね」
「あ、あの…」
「1万円じゃTOPも買えない」
シンジは唇を噛んだ。
チェック柄が29800円、黄色の方は24800円だ。
両方で54600円に消費税。57330円だ。
「どうしてこんなに高いの選んだのよ」
腕組みをしてアスカが問う。
真剣に答えないと許さないわよ、という意思がありありと見える。
「早く答えなさいよ!」
「似合うと思ったんだよ」
「それだけ?」
シンジは大きく頷いた。
ホントにこの馬鹿は…。
アスカは心の中で嬉しさを爆発させていた。
買えないものを選ぶ馬鹿がいる?
ホントに馬鹿。大馬鹿者だわ。
「わかった、アリガトね」
アスカは両手に持った水着を見比べた。
そして、軽く溜息をつく。
ミサトはその時アスカの唇に浮かんだ微笑を見逃さなかった。
ふ〜ん、いい根性してるじゃない。
アスカはそのままカウンターのリツコのところに歩み寄る。
「これ、いくらになる?」
リツコは値札をちらりと見て簡単に答えた。
「57330円」
「まけて」
「ダメね。うちはそういうことしてないの」
「お願い」
「無理」
「リツコ」
アスカの背後でミサトがウィンクをした。
それを見て、リツコは大きな溜息を吐いた。
「仕方がないわね。じゃ…」
リツコが考え込んだ。
固唾を飲む一同。
「57000円」
いかにも残念そうにリツコは言った。
「リ、リツコ!何よ、そのみみっちい値引きはっ!」
「あら、330円あれば、うちの研究所ならBランチが食べられるわ」
さらっというリツコにミサトが詰め寄ろうとした時、
形の良い顎を上げて、アスカが言った。
「支払い、いつまで待ってくれる?」
「あら、お金ないの?」
「ないわっ!」
「はっきり言うのね。じゃ…」
リツコはカレンダーを見た。
「そうね、来年の今日まででいいわ」
「はい?」
「短すぎたかしら?」
リツコがニコリともせずに首を傾げた。
「夏休みの終わりまででいい?」
「大丈夫なの?」
「バイト探す」
「そう、じゃ決まりね」
リツコは手を差し出す。
商談締結の握手ではない。
単にアスカの持っている水着を袋に入れようとしただけ。
「あ、あの…」
二人のやり取りを茫然として聞いていたシンジが、やっと口を挟んだ。
「僕、そんなつもりで…」
「うっさいわね!アンタは黙ってなさいよっ!」
「でも…」
「私が欲しいから買うだけ。お金がないからバイトするだけ。以上!」
「じゃ、僕も…」
「いい。いらない。あ、じゃ、7800円だけ貰うわ」
「え?」
「あのビキニの値段。実は安物。それだけ弁償してもらう」
「そ、そんな…」
「ホントに似合うと思う?私に」
シンジは慌てて何度も頷いた。
「じゃ、買う。 それ以上アンタのお金はいらないわ」
ミサトが短く口笛を吹いた。
「気に入ったわ、アスカ。バイト先はおね〜さんが探してあげる」
「ミサト。飲み屋はダメよ。未成年だから」
「ありゃ、やっぱダメェ?」
「ちゃんとしたところを探してあげなさいよ」
「ホントに見つけてくれるの?」
「大丈〜夫!ま〜かせてっ!」
ミサトの大口を聞いて、アスカはシンジに向かって舌をぺろりと出した。
やっちゃった、という感じだ。
その時、シンジは思った。
この猪武者の金髪娘。可愛いところもあるんだな、と。
帰り道。
シンジは眠り込んでしまった。
やはり疲れていたのだろう。
アスカの水着を購入するという使命が終わって安心したのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
しかも、アスカの肩を枕にして。
アスカは何も言わなかった。
そ知らぬ顔をして風景を眺めている。
ミサトも同様だった。
バックミラーで後ろの状況を見て取った後は、運転に専念していた。
ただ、十数分後にバックミラーをもう一度見たときは、思わず吹き出してしまった。
シンジの頭を枕にしてアスカが眠っていたからだ。
「若いっていいわねぇ」
小さく呟くと、ミサトはアクセルを踏む込んだ。
加持のジープは以前にミサトが乗っていたルノーのようには加速できない。
以前のミサトならもどかしく感じるはずの、このポンコツ車が今は無償に愛しく思える。
後ろで寄り添って眠る二人さえいなければ、きっと大声で歌いながら運転していただろう。
「ちょっと、ここどこよ!」
「ん?私ン家だけど?」
「どうしてここに連れてこられなきゃいけないの?」
「だってぇ、二人ともあんまり幸せそうに眠ってるんだもん。起こしづらくてさぁ」
「はあ?何よそれ?」
「僕、覚えてないです」
「あったり前でしょうが。アンタはさっさと私の肩を枕にして寝たでしょうに!」
言ってしまってから、アスカは頬を赤らめた。
「あ、そうだったの。ごめん」
素直に謝るシンジの態度に、アスカは何故か胸がちくりと痛んだ。
何か凄く口惜しい。
いや、口惜しいというよりも……もっと……。
アスカにはその感情が何なのか見当がつかなかった。
シンジが普通の態度で謝ったことの何がアスカの心を傷つけたのか。
数日のうちにその答えをアスカは知ることになるのだが、
この時点ではまだまだ暴れん坊将軍アスカの域からは脱していない。
「はいはい、入ってよ。冷たい飲み物出したげるからさぁ」
扉の前で睨みあう…といってもアスカが一方的に睨んでるだけだが、
その二人の背中を押すように、ミサトは自分のコテージに誘った。
だが、このコテージには冷たい飲み物はビール以外は存在していなかった。
「ご、ごっめ〜ん、忘れてた」
「あのねぇ、これを飲めって?」
「アンタたち、未成年よね?」
「当たり前でしょ!でも…飲んでいいなら飲むけど?」
「だ、駄目だよ。君は高校生じゃないか」
優等生的発言のシンジにアスカがジト目で睨みつける。
「アンタは飲んだ事ないの?」
「それは…あるけど…」
「はん!じゃ、文句言わないの!」
「やっぱ、ダメぇ〜」
「ミサト!そんなぁ」
「だってさぁ、私これでも元警察官だから、ちょっち違法行為はするわけにはいかないのよね」
「ええっ!元警察官?!」
「見えません…」
「酷いわねぇ。これでも警視庁刑事部捜査第一課のエースだったのに!」
「嘘…」
「見えません…」
「はぁ…」
溜息を大仰に吐いたミサトは、缶ビールのプルトップをプシュッと開け、一気に喉に流し込んだ。
アスカとシンジは目を真ん丸に開いている。
「ぷはぁぁっ!生き返るわね!えっと、何だっけ?そうそう、私が女刑事に見えないってどういうことよ、アスカ!」
「それ言ったの、馬鹿シンジ」
「シンちゃんひどぉ〜い。お姉さん凄かったのにぃ」
ミサトはテーブルの逆サイドにアスカと並んで座っているシンジの背後に立った。
そして、彼女はシンジの頭を自分の胸にぎゅっと抱きしめた。
「うわっ!」
「もうっ!シンちゃんたらぁ!」
碇シンジ、17歳。
豊満な女性の胸に頭を埋めたのは、初めての経験だった。
こんなに気持ちがいいものだとは、想像もできなかった。
雲にも昇る気持ちってこんなのだな、きっと……。
シンジが甘い感触に酔っていたその隣では、アスカが初めての感覚に戸惑っている。
馬鹿な事をしてる……昨日までのアスカなら、ただそう思って呆れるだけだった。
今のアスカは……。
何故だか理由はさっぱりわからないのだが、腹が立って仕方がなかった。
10歳くらい若い少年にじゃれ付いているミサトの所為か?
いや、明らかにその胸の谷間に頭を埋めて、幸福そうに微笑んでいる少年の所為だ。
アスカはそのシンジの顔をじっと睨んでいることに気付いていない。
そして目を瞑っているシンジ本人も。
わざとアスカを挑発しているミサトだけが、晩生のアスカに微かに芽生えた恋心に気付いていた。
ぐっと睨んでいるアスカの表情が面白く、ミサトはケタケタ笑っていた。
結局、酔っ払ったミサトに運転させるわけにもいかず、アスカとシンジは歩いて浜茶屋に向かった。
テーブルに突っ伏して眠りこけたミサトを二人がかりでベッドに運び、鍵はドアの隙間から中へ滑り込ませた。
そして、幹線道路へ向かう脇道を並んで歩く二人だったが、
その背中をミサトが楽しそうに窓から見ていたことに気付くはずはなかった。
「やっぱ、いいわねぇ、若いって。さ、えびちゅ、えびちゅ!」
冷蔵庫に向かう、その足取りは軽かった。
「アンタさぁ」
シンジの前を後ろ手に組みながらゆるゆると歩くアスカが、振り返りもせずに軽く問い掛けた。
本人はそのつもりだったが、少しだけ声が震えていた。
しかしそのことには二人とも気付いていない。
「え?」
「気持ちいいの?あんなことされたら」
「ええっ!」
真っ赤になったシンジは何も言えない。
あまりの気持ちよさにアスカの存在を忘れていたのも事実だ。
「はん!言えないんだ。やっぱり、アンタはスケベだったってことね」
シンジは言い返せない。
「そんなにミサトの胸がよかったんだ。ずいぶん大きいもんね。柔らかかった?」
「うん、ぷわぷわして…」
言ってしまってから、シンジは前を歩くアスカが立ち止まったのを見た。
しまった。
誘導尋問である。
「そう…それはよかったわね」
低い。
思い切り低い。
ブティックで聞いたときより低い。
それはそうであろう。
あの時はアスカが意識して出した低音である。
今回の低音は違う。
本人が意識していないだけに、その危険度はかなり高いといえよう。
そんなことはシンジは知らなかったが、身に迫る危険だけはよくわかる。
碇シンジは思わず周囲を見渡した。
誰もいない。
殺されるかもしれない。
彼は一足飛びにそこまで想像してしまった。
そして、防衛本能のためかつい……。
「ご、ごめんなさい!」
「どうしてあやまんのよ」
「だ、だって…」
君が怒っているから…などと正直に言ったらどんな目に合わされるのだろう?
そんなことは想像したくもなかった。
しかし、アスカの背中は雄弁だった。
シンジにはその背中にはっきりと“殺”の文字が浮かんで見えたという。
まずい。
まだ僕は17歳なんだ。
それに後頭部で豊満な乳房を楽しんだだけじゃないか。
しかもそれは服越しだ。
まだ、それだけしか経験してないんだ。
僕はこんなところで死ぬ訳にはいかない。
逃げ出してしまおうかとシンジは考えた。
100mは15秒13だ。
速い方ではない。
アスカはどうだろうか?
凄く速そうな気がする。
逃げ出してもすぐに追いつかれて、そして僕は殺されてしまうんだ。
この金髪の美少女に。
どうせ殺されるなら、いっそ…。
威圧感の割に華奢なアスカの背中を見つめて、シンジがよからぬ妄想を抱いた時、
アスカがくるっと振り返った。
「わわっっ!」
タイミングが良すぎた。
アスカを押し倒して、死ぬ前に1回なりとも…などと考えていたところである。
思わず、尻餅をついてしまったのは仕方がないかもしれない。
「何よ、アンタ。私にびびってんの?」
相変わらず、低い声だ。
「ご、ごめんなさい!僕が悪かったよ!」
「で、何よ」
「だ、だから、何でもいうことを聞くから、許してよ!」
アスカと知り合ってまだ数時間。
こんな発言をして、無事ですむわけがない事をシンジはまだ知らなかった。
彼はただ逃れたかったのである。
彼の脳内で犯された犯罪…婦女暴行傷害、そして殺人罪から。
もっとも最後の殺人の被害者はシンジ自身なのだが。
「ふ〜ん、何でも?」
アスカの低音の語尾がわずかに上ずったのをシンジは知らない。
彼女の頭の中ではすでに何をさせようかを考えて、高速メリーゴーランド状態となっていたのだ。
「う、うん。何でもいうことを聞くから、お願いだよ」
シンジはアスカを見上げた。
アスカはニタァ〜と笑ってる。
やっぱり殺されるんだ、僕は!
強張った顔のシンジに、アスカはすっと手を差し出した。
「立ちなさいよ、ほら」
「あ、うん」
シンジはアスカの手を握った。
柔らかくて、細くて、白くて…。
立ち上がったとき、離すのが惜しくて仕方がなかった。
この時、シンジは相手は誰でも良かったのである。
もてない僕を相手にしてくれるなら…。
シンジは自分の運勢が180度変わっていることにもちろん気付いてはいない。
もてないどころか、もてもての毎日が続くことを。
TO BE CONTINUED
<あとがき>
ああ!ダメだ。ミサト編が終わりそうもないよ!
おかしいな。ちゃんと構成したのに。多分、リツコの居場所を思いついたのがいけなかったのでしょう。
ま、いいか。端折るより、書き込んだほうが楽しいもんね。と、自分に言い聞かせています。
では、次回、ミサト編その3で!
2003.07.30 ジュン
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